沖縄の辺野古基地は、住宅地に近接しすぎているためにヘリコプター墜落事故や騒音などの被害が繰り返されてきた普天間基地を移設するために建設が進められている米軍基地です。かつて沖縄県は基地の県外移設、あるいは基地の閉鎖を主張していましたが、日米両政府の圧力を受け、2013年に普天間基地の辺野古移設に同意しました。その後、沖縄県と住民たちは、裁判や県民投票を通じて長年にわたり辺野古基地の建設に反対してきました。米軍基地の存在そのものが沖縄にとって経済的・軍事的な負担になっているという理由もありましたが、サンゴ礁の美しい海を埋め立てなければならないこと、そして辺野古北側の軟弱地盤が基地建設に適していないことも理由でした。こうしたなか、玉城デニー前知事は埋め立てのための設計変更を承認しませんでしたが、2023年末に国土交通大臣が承認を代執行し、2024年1月10日に埋め立て工事が始まりました。

しかし、辺野古の軟弱地盤を固めるための工事は、2026年8月時点でわずか13%しか進んでいません。その間に基地建設には6,483億円が投じられ、完成時期も延期され続けています。このままでは完成は2036年になる見通しですが、米軍は今年2月、「辺野古基地の滑走路は十分な長さがないため、完成しても使用しない」と発表しました。辺野古基地が完成したとしても、普天間基地が返還されるかどうかは不透明になっています。
こうした状況のなか、9月13日に沖縄県知事選挙が行われ、古謝玄太候補が当選しました。8年間にわたり辺野古米軍基地の建設に反対してきた玉城デニー知事とは異なり、古謝玄太氏は自民党など保守政党連合の推薦と、高市首相の積極的な支援を受けた保守系の知事です。高市首相は当選した古謝知事に「最善を尽くしていただいた」と述べ、政府との協力を確認しました。
古謝候補の当選は日本だけでなく韓国のメディアでも注目され、「沖縄で12年ぶりに保守系知事誕生……『米軍基地』より『暮らし』を選んだ(京郷新聞)」、「『平和主義』の沖縄知事が退任……日本、南西地域の防衛力拡充へ(聯合ニュース)」などと報じられました。「全国最下位水準の一人当たり県民所得を10年間で2倍にする」、普天間の危険性を早期に除去するため「米軍の辺野古移設を容認する」といった公約が、基地問題の解決と暮らしの回復を求める沖縄県民の思いに応えたという分析です。
あわせて、古謝知事の当選を受け、日本政府の防衛体制強化に沿って、中国をめぐるリスクに対抗するための自衛隊の集中配備が本格化するとも予想されています。沖縄の世論や県との対立なしに、中央政府の意向どおり「南西シフト」を本格的に推し進められるようになるという見方です。「南西シフト」とは、中国の海洋進出を背景に、日本政府が九州南端から沖縄・与那国島周辺にかけて、自衛隊配備などの防衛体制を強化する政策です。2016年以降、台湾に近い与那国島、宮古島、石垣島などに部隊が編成されてきました。高市政権はさらに2026年8月4日に「令和8年版防衛白書」を公表し、「日本と沖縄県民を守っていくため」に南西諸島の防衛体制強化は不可欠だと付け加えました。
「こうした南西地域の防衛力強化の取組は、力による一方的な現状変更やその試みを許容しないとのわが国の意思を示し、島嶼部を含む南西地域への攻撃に対する抑止力・対処力を高めることで、わが国への攻撃の可能性そのものを低下させるものであり、南西地域を含む国民の安全・安心につながるものである。」
──『令和8年版 日本の防衛(防衛白書)』333頁「南西地域を含む防衛体制の強化」
今回公表された防衛白書には、陸上自衛隊第15旅団の師団化や、南西地域における補給体制の強化が盛り込まれました。そのために、那覇市を拠点とする陸上自衛隊の人員を2,300人から3,900人に増員し、中距離地対空誘導弾部隊を配備(2030年度)するほか、平時から自衛隊と海上保安庁が利用できる「特定利用空港・港湾」を指定する計画です。「特定利用空港・港湾」はすでに全国で57か所が指定されていますし、沖縄県内では国と市が管理する3施設が指定されているのみです。県が管理する空港の指定については、玉城前知事の消極的な対応により保留されてきました。
沖縄をめぐる変化について、日本のシンクタンク「新外交イニシアティブ(ND)」は、「選挙結果によって中央政府はより交渉しやすい県政を得たが、これを基地問題や日本の安全保障政策の方向性について沖縄社会が広範な合意に達した証拠と誤解してはならない」と分析します。* むしろ、「沖縄を含む日本全体が感じている強い停滞感や閉塞感を背景に、多くの有権者が行き詰まった状況のなかで新たな刺激と変化を期待した」結果だと解釈しています。
NDはさらに、古謝知事が1972年の沖縄の日本復帰後に生まれた初の沖縄県知事であることに触れ、一部では、沖縄保守政治の伝統的な系譜とは距離を置く、より「本土志向」の保守系知事と評価されていると指摘します。そのうえで、政治・安全保障の観点から保守と革新に分けるよりも、「琉球(沖縄)志向」か「本土(日本の中央政府)志向」かという軸で捉えるべきだと付け加えています。 つまり、古謝知事の当選によって、中央政府との交渉における摩擦が少なくなるという意味だというのです。
実際、古謝知事の当選直後、高市首相は沖縄関係予算を担う沖縄担当相に「強い沖縄経済」を指示し、2027年度の沖縄振興予算を3,000億円以上に増額する方向で調整に入りました。玉城知事の在任中ずっと2,600億円台が続いていたことと比べると、中央政府の積極的な後押しが目に見える形になっています。
また古謝知事は就任直後、10月1日付で「辺野古新基地建設問題対策課」を廃止し、「(普天間飛行場)早期返還対策室」を設置すると発表し、政府の方針に沿って基地問題に取り組む姿勢を示しました。古謝知事は「沖縄が過重な基地負担を抱えているという事実を、日本国民は認識すべきだ」と述べながらも、沖縄の「経済的・軍事的な安全」のための従来どおりの選択、すなわち新たな米軍基地の建設と自衛隊部隊の配備を容認したのです。
NDの松岡美里氏は、「古謝知事の勝利そのものが、日本政府に沖縄に対する新たな法的・軍事的権限を与えるわけではない」としたうえで、「沖縄における米軍駐留の政治的な持続性を高め、民間施設や地域社会が軍事計画とより密接に結びつくことで、沖縄の軍事的統合を段階的に深めることにつながる」と分析します。自衛隊の配備や基地建設の容認によって、すぐさま軍事的な脅威が生じるとは予想しにくいということです。これは、目に見える経済的な利益の陰に国家安全保障が隠れる、曖昧な戦略です。沖縄のように基地が観光資源として文化的な基盤の一部となっている構造では、基地が地域の持続可能性や安全を脅かす可能性は見えにくくなります。
「沖縄戦の直接的な記憶を持つ世代が減るにつれ、米軍基地が常に身の回りの風景の一部だった環境で育つ人が増えています。その結果、基地の存在を異常な状態として疑問視しない人が増えているのです。沖縄の開放的でおおらかな文化的イメージと、米軍の存在がつくり出すアメリカ的な雰囲気の組み合わせは、一種のエンターテインメントや観光商品として消費されています。」── 宮良ま なみ(ND)
こうした文脈から、「軍事的環境への依存が、地域の自立、ひいては真の経済発展の可能性を妨げているのではないか、改めて考えるべきだ」というのです。経済面で見ると、沖縄県が2015年に公表した返還跡地の経済効果調査によれば、沖縄戦後に住民たちが粘り強い交渉の末に取り戻した土地は、基地があった頃よりも豊かな経済基盤となりました。同じ調査では、普天間基地が返還されれば、直接経済効果は年間120億円から3,866億円へと32倍に増えると試算されています。
さらに安全の面では、基地はむしろ地域住民の安全を脅かし続けています。10月4日には、在日米軍の海兵隊員が沖縄県内で日本人女性を殺害する事件が起きました。古謝知事の就任直後に起きたこの事件について、知事は「基地と隣り合わせの生活を強いられている県民に大きな衝撃を与え、新たな不安を招く」と述べました。「基地と隣り合わせ」の暮らしのなかで女性を標的にした暴力事件は、毎年繰り返されています。
松岡美里氏は、沖縄の人々の声が国家と地域の安全保障の議論に反映されるべきだと強調します。「東京で下される決定は、島の人々の暮らしに非常に直接的な影響を及ぼす」にもかかわらず、沖縄と北東アジアの安全保障が「軍事的抑止力」の観点からのみ議論されることで、決定に参加できない多くの存在が安全を奪われているというのです。そのためには、「外交、市民の暮らし、経済的な持続可能性、そして当該地域社会が自らに直接影響する決定に意思決定に実質的に関与できることについても見ていく必要がある」と語ります。国家の安全保障によって最も直接的な影響を受ける人々が民主的に参加してこそ、持続可能な平和も可能になるのだと。
2024年6月、沖縄戦79年の慰霊祭で、玉城前知事は「平和宣言」の中で、平和的な外交と対話のプロセスによる問題解決を提案しました。そしてこう述べています。「今こそ私たち一人ひとりに求められているのは、不条理な現状を諦めるのではなく、微力であっても声を上げ、立ち上がる勇気、そして行動することです。」見慣れた風景の陰に隠れた、国家が保障する安全保障は、豊かな経済的利益をもたらすように見えながら、実際にはその土地に生きる人々の暮らしと安全、そして決定権を蝕みながら存在しています。「基地か経済か」という二項対立にとらわれるのではなく、その奥に幾重にも重なる複雑な「安全」への願いを一つひとつ掘り起こし、声にしていけたらと思います。
*新外交イニシアティブ(ND)は、日本および各国の政府・議会・メディア・市民社会との交流などを通じて、日本の外交・安全保障政策の決定過程に、より多様な声と視点を反映させることを目指す日本のシンクタンクです。ザ・スラッシュは、NDの松岡美里氏と宮良まなみ氏に書面でインタビューを行いました。

/松岡美里
帝京大学准教授として勤務しており、2017年1月から新外交イニシアティブ(ND)に参加してきました。日本における「中国脅威論」言説の形成過程を研究しています。国家中心の支配的な安全保障言説は、日米同盟と軍事的拡大を議論の中心に据える一方で、環境や保健のリスクを含む他の形の安全保障を不可視化してしまうと考えています。こうした葛藤を考察するための明確な事例として、沖縄を研究しています。

/宮良まなみ
沖縄県石垣市で生まれ育ちました。2025年5月から新外交イニシアティブ(ND)のスタッフを務めています。2018年から2024年までは、防衛省が推進した自衛隊配備「南西シフト」の一環である石垣島への陸上自衛隊基地建設について、その受け入れの是非を問う住民投票を求める市民団体で活動しました。その後、日本国内の議論が「台湾有事」への軍事的対応へと次第に集中していくなかで、沖縄・台湾・日本の相互理解と対話を促進するための活動を続けています。

/カヨン
ピースモモ・リサーチラボ室長。ピースモモにて、平和とジャーナリズムの交差点を模索する仕事をしている。紛争転換、平和ジャーナリズム、コミュニケーションをキーワードに、ジャーナリズムを通じた平和構築のビジョンを育んでいる
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